まだ息があるシカにナイフで止めを刺すとき、私は顎の辺りで頸動脈を切るのが下手なので、無駄に苦しめてしまうことがあった。
近頃は首の付け根にナイフを刺して、人間で言えば「鎖骨下動脈」を切ることでスムーズに止め差しが出来るようになった。ちなみにシカのように鎖骨のない動物では、同じ血管を「腕頭動脈」と呼ぶそうである。
人間の鎖骨下動脈は、鎖骨の上側を外から指でなぞっていって、凹んでいる場所のすぐ下を通っているので、自分の体でも確かめることが出来る。
シカの体でも、首の付け根に同じような凹みがあるので、そこから心臓に向けてナイフを入れて、背骨に向けて刃先を少し動かすと確実に動脈が切れる。切り口から、真っ赤な鮮血が溢れてきたら、太い動脈が切れた証である。
正直に白状すると、そもそも私が頸動脈を切るのが苦手だったのは、頸動脈が首の真横の浅いところを走っていると勘違いしていたからだ。
頸動脈は、耳の後ろから喉の両側まで繋がっている太い筋肉(胸鎖乳突筋)の内側を通っている。
したがって、首の真横から頸動脈を切ろうとすると、筋肉の束に阻まれ、なかなか頸動脈までナイフの刃が届かない。その分、獲物を無駄に苦しめてしまっていたという訳である。
改めて、頸動脈の位置をネット上の画像と医療情報の触診ポイントで確認してみたところ、胸鎖乳突筋と下顎の間にある凹みの部分のすぐ下を頸動脈が通っていることがわかった。
この凹みから、目の方向にナイフを刺せば、胸鎖乳突筋に邪魔されず、しかも食道を傷つけること無く、簡単に頸動脈が切断できそうである。
実際、静岡県森林・林業研究センターが作成した「シカ捕獲ハンドブックくくりわな編」2016年改訂版の第27ページには、「放血に適した頸動脈の位置」としてこの箇所を刺す方法が紹介されている。
[PDF]シカ捕獲ハンドブック改訂版2016.03
http://www.pref.shizuoka.jp/sangyou/sa-850/sikahanndobukku.pdfこの場所を刺すのであれば、首の付け根にある腕頭動脈を刺すよりも、もっと簡単に頸動脈が切断できそうな気がする。
ところで、大物猟の止め刺し用にどれくらい長いナイフが必要か、狩猟者の中でも意見が分かれるところだろう。
本州のイノシシ猟では、心臓を刺して止めを刺すことが多いためか、いわゆる「狩猟刀」と呼ばれる刃渡りが七寸(21cm)から九寸(27cm)という長めの刃物を使う人が多いような印象がある。
一方、首の動脈を切る場合は、心臓を刺すわけではないので、それほど長いナイフは必要ない。私は刃渡り10cmほどのスキナーで止め差しを行っている。
私自身は、背骨と肋骨の切り離し以外、止め刺しから解体までの工程全てをこのナイフ1本でこなしている。ちなみに、背骨から肋骨を切り離すに使うのは小型の折りたたみ鋸だ。だから私は、エゾシカ猟に長いナイフは不要だと思っている。